茶房 とげとげ庵

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<<   作成日時 : 2014/11/30 01:41   >>

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 やどかりは、己の成長に合わせて背負う貝を変えていく。背中に窮屈さを感じながら、次なる貝殻を探し当てることができないとき、さまよえるやどかりはどんな気持ちなのだろう。

 学生宿舎放逐の日が近づく中、次なる居室は未だ決まらず、ただ11月は逃げて行った。一般に、物件を吟味するには多様な条件が存在することが知られているが、個人的にはこれといってとくにこだわりがない。どこでもいいなら適当にサイコロでも振ればいいのだが、面倒臭がりの性分が邪魔して不動産屋へと足が進まない。ただ焦りばかりがつのるのみである。

 話題は変わって、一人暮らしをしていた友人が毎週末に実家へ帰るようになった。なんでも生活習慣の乱れから講義への出席が危うくなり、学問への意欲も減退したため、親元で充電する必要があるらしい。共感も同情もしかねるけれど理解はできなくもない。

 友人は悪い奴ではないけれど、家族、殊に母親への強い依存がみられるのが気にかかるところだ。一家の仲がいいのは大変に結構なことだし、他所様の家庭をとやかくいうつもりはないけれど、概してマザコンという存在は愉快でない。二十歳にもなって日々の出来事や悩み事を親御さんに逐一報告して判断を仰ぐのは感心しないし、友人として贈った助言や激励を踏みにじるような形で親の庇護下へ舞い戻られるのはいささか気分が悪い。

 生活習慣の乱れを根本的に解決したいなら、実家で羽を休めている場合ではなかろう。計画的な行動とか、規則正しい生活リズムといった、今さら注意するのも躊躇われるような当たり前のスキルを習得する最後のチャンスが、学生時代の一人暮らしではないだろうか。

 僕が憤ったところでどうしようもないのだけれど、他山の石として心に留めておきたい事例だと思った。

 村山由佳の「放蕩記」、中江有里「結婚写真」を読んだ。いずれの小説も母娘間の相互的な束縛や抑圧の心理を描く。娘の心の中である種の絶対的な存在であった母が、一人の女性に過ぎないと気付くことによって、娘は呪縛から解放される。マザコンに読ませたい作品である。

 サッカーをするために高校へ通っている弟が足を怪我した。先日手術を終え、引退までには治せる見込みとのことだが、本人にとっては思うところの多い日々だろう。いろいろ考えるといい。部活、学業、進路、人間関係などの悩みが入れ代わり立ち代わり波のように訪れる高校時代は、人間性を向上させる好機だ。今後は弟にも、両親や兄の知らない側面がさらに成長していくのだろう。はらはらするが楽しみでもある。年末の帰省が待ち遠しい。

 といった具合でフィジカルにもメタフィジカルにも家についてよく考えた11月であった。

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