茶房 とげとげ庵

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zoom RSS 両賭戦略

<<   作成日時 : 2016/07/07 02:02   >>

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 大学院入試の出願料を納付するとともに、落語のチケット代を振り込んだ。正負の変動要因に投資して精神の安定をはかる。寄席の頃にはいろいろ方がついているはずだけれど、心の底から笑えるのだろうか。両賭け戦略は生態学においてもリスク分散の一例として説明されている。賭け事といえば、最近観たアニメ映画「マルドゥック・スクランブル」でも、主人公がギャンブルに興じていた。印象深かったのは、登場人物が「自らの有用性を証明する」ことで、存在を許可されるという世界観だ。ディストピア系サイバーパンクっぽい作風が好きなので楽しめた。
 ところで、酒井邦嘉著「科学者という仕事」を読んでいる。科学史の偉人たちの箴言をふんだんに盛り込んだ読み応えのある新書だが、特に「孤独の苦しみ」というパラグラフが心に残る。いわく、「他人に自分を認めてもらいたいという気持ちは自然な願望である。しかし、他人の評価という極めてあやふやな基準のもとに自分の評価を委ねて良いものだろうか(中略)自分を正当に評価できるのは自分しかいないはずである。その明白な事実に目をそらさずに向き合うことができるかどうか。自己本位を貫くことは決してやさしいことではない」。
 同期が少しずつ社会人としての一歩を踏み出しつつある。就活とは、己の社会的有用性を誇示する闘いのようにうかがえる。御社の評価に自分の評価を委ねる日々はきっと辛かろう。就活生に幸あれと祈るが、幸があればあったで学生を続けるこちとらには焦りが募っていく。
 我が身を顧みて、基礎科学分野の研究者の社会的有用性とは一体なんだろう。研究成果がすぐに役に立つような業界ではないのだ。「何の役に立つの?」と訊ねられて、相手を納得させる自信はない。さりとて、多くの研究者の人件費や研究資金が国費によって賄われている以上、研究職の人材であっても、自らの社会的有用性を示さねばならない機会は少なくない。やりづらい世の中だ。周囲に迎合せず、自分の目標に向かって我が道を往こうという気概を保ちつつ、社会の情勢にも目を凝らしておきたい。有用性を証明できなければ存在が許されない世の中で、すぐには役に立たないけれどいつか役に立つかもしれない学問が存在し続けるためには、どんなロジックが必要なのだろうか。
 とはいえ、一学生として、当分は目の前の勉強に打ち込みたい。専門性が高まるほどに孤独は深まるけれど、知識に到達する喜びは何物にも代えがたいものがある。「科学者の仕事」には、こんな気障な一節もある。「一つの道を極めた時にはじめて、それまでの苦しみは喜びへと変わる。これが「孤高」という誇りである」

 そういえば、twittrのアカウントを消去してみたところ、思いのほか爽快な気分である。6年ほど続けていたものの、それほど未練はなかったようだ。どうやら自分にはこうやって内容の薄い長文をろくすっぽ推敲せずに書き捨てる様式が適しているようだ。

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