茶房 とげとげ庵

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zoom RSS 学生宿舎系男子物語

<<   作成日時 : 2014/01/30 02:56   >>

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 午後一〇時。明日の弁当のおかずが足りないことに気が付いて、きんぴらごぼうをつくろうと思い立った。まずはにんじんとごぼうを細切りに。それをシリコンスチーマーに入れ、電子レンジにかけて火を通した。コンロが使えないので、自分の部屋でできる調理はここまで。食材と調味料一式を持って共用の補食室に向かった。

 学生宿舎の、とりわけ男子棟の補食室は清潔とは言い難い。油染みが年季を物語るガスコンロ、薄黒く朽ち果てたスポンジの転がる流し台、ホコリが付着して茶色くなった換気扇。今となっては見飽きた情景だ。僕は小さい方のゴトクにフライパンを置いた。

 フライパンが十分に熱した頃合いに、ごま油を流し込む。やがてふんわりとごまの香りが立ち上ったら、パックのいりごまを加える。ぱちぱちと気持ちのよい音がして、いりごまがきつね色に変わっていく。ごぼうとにんじんを投入するころには、補食室にごまの香りが充満していた。食材が全体的にしんなりするまで中火で炒めるのだが、これには少し時間がかかる。

 調理を続けながらAMラジオなどを聴いていると、背後から声がした。振り向けば、僕の真上の部屋の住人がやかん片手に立っていた。彼とは宿舎の共用部分でときたま顔を合わせる仲で、そのたび世間話をする仲だ。学部は違うが、以前から彼の気質には自分と通じるものを感じていた。

 彼は大きい方のゴトクでやかんに火をかけて言った。

「きんぴらですか。いいですね」

なぜだか、彼はいつも敬語で話しかけてくる。彼は浪人生で、僕よりも年上なのに。いちおう僕も敬語で返すことにしている。

「明日のお弁当のおかずにします。最近調子はどうですか。期末考査も近いけれど」

彼は椅子に腰かけてやかんが鳴くのを待っている。

「調子はすこぶる良いです。先学期は授業をとりすぎましたが、今学期は時間と精神に余裕があります」

ごぼうとにんじんがしんなりしてきたので、割り下を加えて火を弱めた。調味料がじゅうと音を立てて蒸発した。

「すばらしい。あとは体調に気をつければ完璧ですね」

ちかごろ、学生宿舎ではウイルス性胃腸炎が流行し、管理事務所が予防を呼びかけているのだ。

「そうですね。一人暮らしだと看病してくれる人もいないですから」

彼はふと思いついたように問うた。

「そういえば、あなたには彼女はいるのですか」

僕は割り下が充分に蒸発するのを待ちながら答えた。

「いません。あなたにはいるのですか」

ちなみに、彼は実直な青年だが、色男ではない。

「いません。それ以前に、女の子と円滑にコミュニケーションをとることが困難です。6年間の男子校生活が響いているのだと思います」

彼はぽりぽりと頭を掻いて続けた。

「成人式で故郷に帰って、同級生の多くが彼女を作っていたことに焦燥感を覚えています。大学生になったというのに、恋人の一人もいないというのは寂しいですね」

その論法ならば、僕まで寂しい男にカテゴライズされてしまうではないか。

「僕だってこのきんぴらを彼女と一緒に食べたいです。まあ、しかし、焦る必要はないと思いますよ。まずは日々の学生生活を充実させることが肝要でしょう。学業や課外活動など、生産性の高い毎日の中で、他者との共感や出会い、有意義な人間関係、はたまた色恋が成立するのではないでしょうか。」

僕も色恋について語れる立場じゃあないはずなのだけれど、我ながら知ったような偉そうなことをいう奴だ。

「そうかもしれません。しかし根本的な問題として、女の子を前にするとどうしても緊張してしまうのです。」

会話を続けつつ、フライパンをゴトクからおろした。きんぴらは冷める過程で味がよく馴染む。

「それは勿体ないことです。特に同じ学科の女の子とは、積極的に会話すべきだと思います。僕たちが学んでいる学問は、世の女性の興味を引くものではありません。自分と同じ分野に興味を持つ女の子と毎日のように顔を合わせているということは、きわめて貴重な機会です。苦手意識を感じていたとしても話しかけてみるべきではないでしょうか。案外意気投合するかもしれませんよ」

これは日ごろ僕が必死に自分に言い聞かせていることだ。

「おっしゃるとおりですね。まずは、普段から気軽に話しかけられるような気楽な関係を築いていきたいと思います」

やかんがぴいと鳴って湯気を噴いた。きんぴらも粗熱が冷めたようだ。僕は彼にそれじゃあまたと会釈して部屋に戻った。

 いかにも学生宿舎の男子棟の住人同士らしい会話であったなあと、出来たばかりのきんぴらごぼうを味見しながら考えた。彼の焦燥感にはさほど共感しないけれど、彼に幸せが訪れることを祈りたい。
 今日の味付けは過去最高かもしれない。割り下の調合がうまくいったみたいだ。明日の弁当を楽しみに寝るとしよう。

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