茶房 とげとげ庵

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zoom RSS 努力・青春・才能・将来について考えさせられた四月

<<   作成日時 : 2014/04/28 01:48   >>

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【要約】
いろいろと考えさせられたものの、頭の中は依然としてぼんやりしている。

【この記事の構成】
0.イントロダクション
1.新入生を迎えた感想
2.現役高校生をみて思ったこと
3.高校時代の同級生と話したこと
4.考察

【本文】
 新年度、出会い多き季節です。一か月間、いろいろな人と会って色々なことを話しました。その中で、思うところがかなりありましたから記録に残しておきます。

 大学に新入生が入ってきました。我が学科の80人の後輩の中に、一年前の自分の姿を探すことができます。地方国立大学に入学する程度の学生の場合、彼らは自分の高校時代の成績や、専門分野の知識などを鼻にかける一方で、新しい人間関係や専門的な学問の世界に不安を抱いています。生意気さと臆病さが胸中でせめぎあう4月、新入生は己の才能や特色を必死でアピールします。しかしながら、大学一年生風情が人様に自慢できることなどそう多くはありません。往々にして、キャラの競合が生じ、一つしかないポジションをめぐる闘争がはじまります。

 私はこの手の話が大好物で「才能同士の潰し合い」と名付けてエピソードを収集しています。自分が好きなもの、得意なことにおいて、より上手の相手に敗北を喫し、高校時代までの自信をぼっきりと折られる。大学ってそういう得難い経験ができるイイ場所ですよね。

 私の場合は自信を折られる程ではありませんでしたが、守備範囲が狭くなったという実感はありました。高校時代は、友人から生き物全般の話題について意見を求められたものですが、生物学科に進学した今は主に昆虫についてのみ質問されます。

 後輩を見ていると、自分の能力や成績に少なからぬ自負心を抱いている者が散見されます。大学がどうやって彼らの鼻っ柱をへし折ってくれるのか楽しみだし、いったん心を折られた彼らがそれからどれだけ成長していくのか期待しています。

 次に、現役の高校生物部との交流について。縁あって高校の生物部の研究発表を手伝っているのですが、彼らを見ているとすごく甘酸っぱい気持ちになります。具体的には、頑張っているのにうまくいかない葛藤とか、チームが団結しきれないもどかしさとか、自分の能力に限界を感じて投げ出してしまいそうな様子が、たまらなく懐かしいのです。

 私自身も高校時代は生物の研究をしていました。自己評価として、これまでは、昆虫をぼんやりと眺めていたらいつの間にか青春が終わっていたというような印象で、どことなく味気さを感じていました。一生懸命練習しても都大会にすら出られなかった運動系の部活の友人が、引退するときに充実感に満ちた表情を見せたときには、試合で勝って勝負で負けたような気分になったものです。

 高校を卒業して一年以上の月日が流れた今、現役の高校生物部員を見ていると、ああ自分の高校時代の研究も様々な苦悩や葛藤があったなあ、それを一つずつ乗り越えていった経験は立派に青春としての価値を伴うものであって、表彰や周囲の喧騒よりもよっぽど価値あるものだったんだなあ、味気ないなんてことはなかったなあとわかります。

 そして、青春のただ中にいる彼らが大舞台に臨む研究発表をお手伝いできることをとても嬉しく思います。頑張って欲しいものです。彼らが今回の発表から、人生において大事な何かを掴んでくれるといいのですが。たとえ大学に進んで一度は心が折られても、高校時代の財産はきっと再起の原動力となるはずです。

 最後に、高校時代の同級生と懇談しました。某B大に通う通称画伯なる人物なのですが、小学生時代から何かの才能を感じていました。何の才能かは今でもわかりません。いつか発揮されるだろうと思っています。

 画伯を取り巻く人間関係、人生設計と将来の展望、金銭感覚と生活費収支、都市と郊外、能力主義、美術館見学の醍醐味、内発的欲求に突き動かされるように生きる人間の魅力などが主たる話題だったような気がしますが、実のところあまり覚えていません。

 印象深いのは、来年執り行われるであろう、母校主催の成人式を兼ねた同窓会についての雑談です。おそらくそれはさながら人生の中間発表の様相を呈すだろうと二人して予測しました。すでに就職している人や、高学歴で将来がある程度約束されている人もいれば、二十歳にして人生の閉塞感に苛まれている人もまたいるはずです。

 ぼんやりとではあるものの、相対的な勝ち負けのような意識が、かつての同級生の間に生まれていくのでしょう。実力が重視されつつある社会に出れば、これは避けがたい必然なのですが、なんだかいやだなあと思います。

 画伯も私も、たとえ夢をかなえたところで、さして金銭的には豊かにならないような未来予想図を描いています。ですから、かつての同級生たちに世俗的な尺度で相対的な勝ち負けを判断されたならば、きっと不満を感じることでしょう。

 それでも、それが望む道であれば突き進むしかないし、外野の野次は聞き流すが吉で、夢に向かって頑張るしかありません。幸いなことに、今は大きな悩みもなく、頑張ろうと思えば頑張れる環境に身を置いています。これはとても幸運なことです。やりたくてもできない、という人を私はたくさん知っています。

 友人のとある女の子は、努力で叶えられない夢はないという信念を持っています。共感するかは別として、見上げたものだなあと思います。この手の話題は考えることが大事なのであって、何が何でも結論を出さねばならないものではないと考えていますから、このあたりで失礼します。

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